2025年12月30日火曜日
ヨーロッパ、イスラエル&日本 ジョイントゴスペルWEBフェス
2025年12月16日火曜日
STEP INTO THE JOURNEY〜こころごすぺる コンサート見逃し配信あります
2025年12月1日月曜日
フロリダから礼拝参加
2025年11月30日日曜日
【学び】信仰の四次元の鍵を開く チョーヨンギ牧師のメッセージ
Unlocking the Fourth Dimension by David Cho Yonggi
(四次元の本を英語で読み、なかなか進まないのですが、YouTubeでそのメッセージを見つけましたので、この短いバージョンを和訳して学びました。とても教えられました。
2,3文章は飛ばしています。オリジナルをお聞きになりたい方は上記のビデオをご参照ください。)
序論:目に見えない信仰の領域
今日、私は多くの信者の方々が真に理解していない領域に皆さんをお連れしたいと思います。私たちの目が見えるものを越えた領域、理性を越えた、手で触れるものを越えた領域であり、不可能が可能となる領域、目に見えないものが目に見えるものを形造り、信仰が神とパートナーとなって創造する力となる領域です。この領域が私が呼ぶ、信仰の四次元です。
私たちは三次元の世界に生きています。長さ、高さ、幅をもつもの。すべての物理的なものは、この世界に属します。呼吸する空気、上にある空。しかし、この物理的な領域を越えて、もう一つの領域があります。それは霊的なものです。信仰の領域、創造の領域、神のことばの領域です。この領域で、真の創造が起こります。
聖書には、信仰によって、この世界が神の言葉によって造られたことを知るとあります。ですから、目に見えるものは、目に見えるものによって造られなかったのです。今日、あなたが見ているものは、目に見えないものによって現れたのです。それゆえ信仰とは、受け身的なものではないのです。それは積極的な想像する力です。目に見えないものを見えるものとする力です。神が天と地を造られた時、神は物質的な材料を用いませんでした。神はご自身のことばと信仰を用いられたのです。
神の約束を語り、現実になる
神は語られ、そうなりました。「光よあれ。」光ができた。言葉は下書きで、信仰は力でした。同様に、あなたも私も神のかたちに造られ、その能力を与えられています。四次元の領域で、語り、創造されたのです。あなたの思い、あなたの言葉、あなたの夢などは、信仰のツールです。あなたの思いと心が神の言葉で満ちていて、あなたの口が信仰でそれを宣言する時、神の創造の力があなたを通して動き始めます。
しかし、ここが多くの人が失敗する点です。彼らは祈りますが結果を見ません。なぜなら、彼らの祈りが三次元にとどまっているからです 。彼らは疑いや恐れをもって求め、または忍耐を切らします。彼らは自分たちの信じることによって祈るのではなく、目に見えることに従って祈ります。信仰は、あなたの目に見えることが語ってくるものによって始まりません。信仰は神が語られたことによって始まります。聖書には、「信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです」とあります。つまり、あなたの信仰は、目に見えない約束に、あたかもすでになされたかのように、しっかりとどまらなければなりません。これが、四次元の秘訣です。この目に見えない領域で動くことを学ばなければ、勝利あるクリスチャン生活を生きることはできません。
四次元を理解する
信仰にはその法則があります。重力や電気のように、それらを操作することを学ぶなら、奇跡は自然についてきます。
あなたの心を神の約束で満たし、完成されたと映像化して見る時、神の創造の法則に協力しているのです。例えば、あなたが病気ならば、弱って、希望なく横たわっている自分を見ないでください。あなたの思いの中で、癒され、立ち上がって喜び、力にあふれている自分を見てください。その映像を声に出して言ってください。「彼のうち傷によって、私はいやされました。」と言ってください。あなたの塑像と告白が神の言葉と一致する時、あなたの物理的現実を変換させる霊的なエネルギーを解き放つのです。
四次元は、ファンタジーではありません。神の現実の世界です。神があなたにあげたいと願っておられるものすべて ーあなたの癒し、あなたへの供給、あなたの問題解決、あなたの運命― はすでに存在しています。
信仰は目に見えないものと目に見えるものとの間の扉を開ける鍵です。あなたはその鍵を堅く握り、学ぶ時、あなたに不可能なことはありません。イエス様は「信じる者にはすべてのことを可能です」と言われました。信仰は精神的な合意ではなく、霊的な力です。
私はかつて不可能に取り囲まれていた時がありました。貧困、病気、小さな教会で、希望がありませんでした。しかし、神は私がもっているものではなく、神がすでに語られたことを見るように教えられました。私が信仰の目で見ることができるなら、すでに達成されたかのように神の約束を語ることができるなら、私を通して神の力が動くと示されました。そこで、人々でいっぱいの教会、魂が救われている、人々の人生が変えられている教会を映像化して見始めました。空っぽの場所で、あたかもいっぱいの人で満ちているかのように語り始めました。私は自分が見えるものではなく、私が信じたものを神に感謝しました。そして、ゆっくりと目に見えないものが目に見えるものとなりました。これが聖霊が信仰の法則を通して働かれるということです。
信仰は説教者、預言者だけのものではなく、この世の三次元を超えてあえて踏み出す、すべての信者のためです。あなたがキリストを受け入れた瞬間に、聖霊があなたの内に住まわれるようになる。聖霊があなたを四次元につなげます。しかし、あなたの創造と告白をとおしてその力を働かせるのは、あなたの責任です。あなたの思いが恐れや疑いや否定的なもので満たされているなら、信仰の創造する流れをブロックしています。聖書には「彼は、心のうちでは勘定ずくだから。」とあり、あなたの思いは種です。あなたが信仰に満ちた思いを撒く時、あなたは奇跡を刈り取ります。あなたが恐れに満ちた思いを撒く時、あなたは失敗を刈り取ります。それでは、どうすべきでしょうか。あなたの思いを日々、変え始めてください。 神の言葉で満たし、神の約束があなたの環境よりももっとリアルになるまで満たしてください。神のことばを昼夜、黙想してください。それらが成就したと描いてください。大胆にそれらを言ってください。「山に向かって、『動いて、海に入れ』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります」
何も起こらないように見える時でもそれを継続して続けなければなりません。というのは、四次元は霊的なタイミングで作用しているからです。
祈りにおける想像の力
神が、目に見える形で現わされる前に目に見えない領域で働かれています。農夫は撒いた種が翌日芽を出しているのを見ません。しかし地中で働いているのを知っています。同じように、あなたの信仰はすぐに結果をあらわさないかもしれませんが、必ず実を結ぶと信じ続けるなら、信仰が、神の御心に合致している時、成し遂げることができることに制限はありません。信仰は国々を変え、家族をいやし、閉じた扉を開き、運命を変えます。しかし、信仰はきよいもので、揺り動いてはなりません。神が見るものを見なければなりません。そうでないものを、そうなったかのように呼ぶものでなければなりません。あなたの心とあなたの言葉とあなたの幻が神の約束と一致している時、奇跡は動きだしています。宇宙そのものがあなたの信仰に満ちた宣言によって動き始めます。
私たちは普通の人ではないのです。私たちは、信仰を通して支配するよう召され、この物理的な世界に生きている、霊的な存在です。三次元の世界は、不可能であると言うが、四次元はそれはなされた、と言うのです。人間の思いは、もう道がないと言うが、霊は、わたしが道であるというのです。状況はあなたはもうおしまいだと叫ぶかもしれませんが、信仰は、これが始まりです、と囁くのです。あなたが見えるものによってでなく、信仰によって歩み、このように生き始める時、神の創造の領域に入っているのです。その領域には神の力が妨げられることなく流れます。ですから、今日、目に見える世界に捕らわれないでくださいと強くお勧めします。あなたの目をもっと高く上げてください。神の言葉が支配する四次元に入ってください。そこは信仰が産み出し、奇跡が生まれる場所です。神が考えるように考えてください。神が語られるように語ってください。神が信じるように信じてください。あなたの内なるヴィジョンを神の約束で満たしてください。
それからどのように山が崩れ、扉が開き、あなたの目の前で人生が花咲くかをみてください。信仰は単なる教理ではなく、生ける次元であり、天と地が出会う領域です。そこに足を踏み入れ、あえて不可能なことを信じてください。あなたが信仰の四次元の領域を開く瞬間、あなたはもはや奇跡をみる観客ではなく、奇跡を流す器となるのです。目に見えないものが目に見えるようになります。語られたことが現実になります。あなたの人生は信仰がまことに働く証拠となります。これが神があなたに生きるように召された人生です。
四次元は時間、距離、または論理に制限されません。人間の理解を超えるのです。そこでは信仰は想像、信仰、告白を通して生きて流れるものとして作用します。信者がこの真理を理解し始める時、祈りはもはや空に言葉を投げるようなものではなくなります。祈りはあえて創造する行為となります。あなたは神に何かをしてくださいと物乞いしているのではなく、神の御心を見えないものから見えるものにもたらす、神のパートナーとなっているのです。目に見える世界は単に目に見えない世界の影です。
信仰が弱い時、目に見えるもの、触れるもの、聞こえるものによってコントロールされいている三次元の世界に支配されて生きています。しかし、信仰が生きている時、その人はもっと高い法則によって動き始めます。環境を超えて見、不可能を超えて見ます。信仰は問題があることを否定しません。ただ、それに支配されることを拒むのです。もっと大きな真理、すなわち目に見えない領域で働いている神の真理があることを認めるのです。この真理は、あなたの目に見える前に、癒しはあなたのものです、供給はあなたのものです、勝利はあなたのものですと言います。信仰の四次元の領域で動くとは、あなたの霊が目に見えないものを見るように、すでにそれが存在しているかのように語ることを訓練することです。つまり、神の言葉はあなたが感じるところ、聞くところよりももっと現実であると信頼することです。信仰は自然の法則に縛られず、神の法則を霊的な権威を通して強制することであると理解することです。あなたの思い、あなたの言葉、あなたの想像は、信仰の想像する力を働かせるツールです。
あなたの思いが恐れで満たされているなら、あなたは敗北を招いています。あなたの思いが信仰で満たされているなら、あなたは勝利を招いています。それゆえ、聖書は、あなたのすべての思いをキリストに従わせるように教えているのです。
あなたのメンタルの画像はあなたの人生に現される下書きとなります。言葉はその過程を完成させます。思いはその設計を作り出し、想像はその形を与えます。しかし、語られたことばはそれに命を与えます。語られた言葉は霊的な確証 となりますー信仰のエネルギを状況に放ちます。あなたが信仰の言葉を語る時、あなたは単に信じていることを表現しているだけではなく、創造しているのです。あなたの言葉はあなたの生きる世界を作っています。ですからイエス様は、「人はその口にするあらゆるむだなことばについて、さばきの日には言い開きをしなければなりません。あなたが正しいとされるのは、あなたのことばによるのであり、罪に定められるのも、あなたのことばによるのです」(マタイ12:36-37) すべての言葉は、命を生むか死を生むか、祝福か呪いを生むかの種です。信仰は、あなたの言葉とあなたの想像(思い)が神の約束と一致している時に働きます。あなたの内なるヴィジョンとあなたの語る告白が神のことばの権威の下に一致している時に、信仰の創造の力は解き放たれます。
ことばを語ることはあなたが霊で見ることを強化します。あなたは神の約束を声に出して言う時、あなたのことばは目に見えない領域に入って、神の力を運ぶものとなります。 信仰によって語る言葉のすべては、あなたの状況に天の現実を呼び込む命令です。ですからイエス様は、「自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります」(マルコ11:23b)と言われたのです。 あなたの言葉が神のことばと共鳴する時、あなたは天と一致しており、天はそれに応答するのです。この過程には、執拗さと信仰のきよさを要求されます。多くの人は描きますが、否定的な告白でその信仰をキャンセルしてしまいます。信仰を告白した後に疑いを語り、霊的な流れをストップさせているのです。信仰の力はあなたの内なるヴィジョンと外なる告白が一貫し続けている時に働きます。あなたは現実に現れるまで見て、言わなければなりません。
神が語られたことをあなたが語り、神が約束されたことを見る度に、あなたは地上の体験に天の現実を引き寄せているのです。目に見えないものは、信じること、見ること、語ることのハーモニーを通して見えるようになるのです。疑いと恐れは神の力の流れをブロックします。
みことばではなく、あなたの環境にフォーカスする瞬間、あなたの信仰は弱り、あなたの霊的なコネクションは薄れ始めます。 あなたが目に見えることよりも神が言われたことを信頼することを選ぶ時、あなたは神の目的と一致して、とどまっています。信頼する態度は神のエネルギーを妨げることなく流します。かつて宇宙を創造した力があなたの中に、あなたを通して働き始めます。信仰は感情や証拠によらず、神の変わることのないことばに完全によるのです。恐れはいつも信仰にチャレンジをしかけて、物事は変わらないとか、神は忘れてしまったと囁きます。これらは信仰の創造する過程を壊す偽りです。恐れが入るとき、想像(思い)がヴィジョンのしもべではなく、心配のしもべとなります。勝利を見る代わりに、思いは敗北を描き、いやしを期待する代わりに、病気を心配します。 信仰は神のことばを信じます。恐れは敵の偽りを信じます。神の御心と一致しているために、あなたの心を疑いの声や恐れの影から守らなければなりません。あなたはあなたの霊を神のことばで養わなければなりません。信仰があなたの自然な応答となるまでです。あなたが真理を黙想すればするほど、あなたの内なる世界は恐れのたまり場となることに抵抗し、神の力が自由に流れ、天の設計に従ってあなたの人生が形作られていきます。信仰によって生きることで、あなたは奇跡の観客ではなく、奇跡の器と変えられます。信仰は神が他の人々にすることができることを観察することのためでなく、神の力の流れに個人的に参加することです。
奇跡の器となる
信者が信仰によって生きることを選ぶ時、神とパートナーとなって踏み込み、奇跡の器となり、天国が地上に触れる管(チャンネル)となるのです。奇跡が起こるのを待つ代わりに、自分たちのうちに奇跡を運び始めるのです。神の霊は、自分たちのことば、自分たちの行動、自分たちのヴィジョンを通して動くのです。確証は、神の約束という目に見えない現実から来ます。
死者からキリストをよみがえらせた同じ霊があなたのうちに住まれ、あなたを通して働く用意があることに気づき始めます。あなたが信仰のことばを語り、病人のために祈り、必要の満たしを信じる時、あなたは人間的な力でなく、神の権威によって動いています。信仰は普通の人を並外れた人と変えます。なぜなら天の無限のリソースとつながるからです。信仰があなたの心を支配する時、自然の世界にもはや反応しません。あなたは神の御心に従って命令します。 奇跡の観客ではなく、奇跡の器は日々の生活で神の力を現すために、内側にあって生き、神に協力します。このような変化は、信者が受け身的な信仰から、積極的な信頼に移行するときに起こります。信仰はその時だけでなく、ライフスタイルになります。それは、あなたがどう考えるか、どう語るか、どう問題に応答するかに影響を与えます。あなたはすべての状況に超自然的なものがもたらされる期待感をもち始めます。
信仰が成熟すると、あなたが源でなく、神の働きのチャンネルであるという深い認識をもつようになります。あなたは御霊に完全により頼むことを学びます。それは神の力があなたを通して自由に流れるために。あなたが信仰によって歩めば歩むほど、あなたは地上で神の御性質を反映します。
奇跡はまれな出来事ではなく、天の現実と全く一致した生活の当然の結果となります。行いを伴った信仰を通して、神の力が絶えず現わされるようになります。信仰は天と地をつなぐ目に見えない橋です。
信仰の生活は自然界の制限を超えて動き、神のことばがすべてを支配する霊的な領域へと私たちを招きます。信仰のこの四次元は、創造が始まる所、神の約束が形をとる所、奇跡が生まれる所です。
四次元に毎日生きる
目に見えるもののすべては、目に見えないものか起源です。可能なもののすべてはあえて信じる心から始まります。あなたが信仰によって歩む時、あなたは目に見えるものや論理や感情によって支配されていません。あなたは示しによって導かれています。目に見えない領域は目に見えるものよりもあなたにとってもっと現実となります。あなたはもはや自分の感覚の証拠に頼らず、神のことばの真理に頼ります。信仰は希望の確証を与え、それを現実に変えます。信仰は初めから終わりを見ており、ないものをすでにあったものとして呼ぶのです。このことを理解する信者は、人間的理性を超えて働く、神の法則と調和して生き始めます。心のうちに形作られる、すべての思い、すべての言葉、すべてのイメージは、信仰が吹き込まれる時、創造の道具となります。信仰とは前向きな思考や盲目の楽観的な考えではありません。神が語られた事は成就するという確信です。目に見えないものを握り、現実になるまであきらめることを拒みます。信仰の力は、継続、一貫性にあります。何も変わらない時に信じる、答えが遅い時に賛美する、敗北が近いように思える時勝利を宣言するのです。この堅実さが神の力の流れを妨げることなくするのです。疑い、恐れ、否定的な告白はその繋がりを壊すだけです。ですから信仰の戦いは思いと心において戦われるのです。信じることを選ぶ瞬間、天はあなたのために動き始めます。信仰はあなたのすべてを造り変え、あなたの考えを新たにし、あなたの話す言葉を変え、あなたの想像を神の御心に沿わせます。
神の霊があなたの内に、あなたを通して働き、人々の人生に触れ、心を癒し、目に見えない世界の栄光を現します。
終わりの励ましと祈り
信仰の四次元に生きることは、神が意図されたように生きることです。神との絶えまない交わりのうちに神の約束の創造に加わり、神の約束を宣言し、神の約束のうちを歩むのです。 あなたの信仰がこの世へ延びる神の手となる、霊的な権威に生きることです。
2025年11月16日日曜日
こころゴスペルコンサートのご案内~心に響く歌 2025年12月
TLEAの賛美隊による、♪こころゴスペルコンサート♪ がこの冬も開催されます。
有料配信チケットで、ライブ及び保存版でご視聴いただけます。
オリジナルJ-ゴスペルも歌われます。
ぜひ、ご来場、またはインターネットでご視聴ください。
詳細はこちらまで。
| 日 時 | 2025年12月6日(土) 開演 19:00(開場 18:30) |
|---|---|
| 会 場 | なかのZERO小ホール |
| 出 演 | ・愛結 ・Lumiere ・Spring of Life ・TrueVine ・Gifts ・Marvellous Light ・風のひびきフィルハーモニー ・他 |
| 会場チケット(全席自由) | 大人:前売 ¥2,000 / 当日 ¥2,500 中高生:前売 ¥1,500 / 当日 ¥2,000 小学生:前売 ¥1,000 / 当日 ¥1,500 |
| 有料配信チケット | 視聴料金:¥2,000 |
2025年11月3日月曜日
新年度のみことば(2026年度)
イスラエルチームでの、ガリラヤ湖畔での新年礼拝で、
2026年度の新年のみことばが語られました。
「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」
(ピリピ人への手紙4章4節)
このみことばに関するメッセージは、新年礼拝の夜の聖会で、パウロ秋元牧師が詳しく語ってくださいました。
こちらからご視聴いただけます。ぜひお聞きください。
2025年10月28日火曜日
イスラエルチーム2025 が遣わされます
2025年10月27日〜11月6日の日程で、28名のメンバーで、イスラエルチームが遣わされています。
NY教会から、浅野牧師夫妻も参加しています。
チームの様子は、ブログでリアルタイムでアップしています。ご覧くださりお祈り覚えていただければ感謝です。
2025年10月7日火曜日
エルサレムの平和のために祈る集い
2025年10月5日(日)にエルサレムの平和の祈りの集いが、東京アンテオケ教会主催で行われました。
この世界的な祈りの運動は、2002年にロバート・スティームズ師とジャック・ヘイフォード師によって提唱され、毎年、大贖罪日が近い、10月の第一日曜日を「エルサレムの平和を祈る日」として始められました。
第一回目の祈りの集会は、2004年に行われました。
TLEAもこの祈りの運動に加わって、毎年10月に行っています。
世界に遣わされている宣教師の方々、関りのある海外の牧師の方々ともライブ中継でつないで祈りが捧げられました。
エルサレムの平和のために兄弟姉妹と心を合わせて祈るとき、色々な語りかけもあり、とても祝福された集会となりました。
よかったら、ぜひご視聴ください!
2025年9月27日土曜日
9月アメリカチームに参加!
9月22日(月)〜9月24日(水)日本から6名のメンバーのアメリカチームが、
ロサンゼルスとサンディエゴに遣わされました!
7年半ぶりのチームで、この群れで本線が始まって以降の最初のチームです!
私たちも聖会に参加するため、ニューヨークから飛行機で6時間、
ロサンゼルスでチームと合流しました。
空港でチームをお迎えした時は、感謝感激でした。
ヨハネ牧師がアメリカに来れたことが奇跡であると、証されておられましたが、
真実な主をほめたたえます。
ロサンゼルス聖会、サンディエゴ聖会ともにとても祝福された集会となりました。
今回の聖会では、デンバー兼ヴァージニアのK牧師は来られませんでしたが、
TLEAアメリカの奉仕者がひとつとなって、各地の聖会の奉仕に加わり、ともに働きに携わる、
新しい形に導かれている気がしました。
これは何人かの牧師の方々も同様に感じておられました。
また、サンディエゴのE姉妹は特別賛美に立って、久しぶりの素晴らしい歌声を聴けて、主をほめたたえました。
アメリカの働きが次の新しい段階に入ったことを感じ、主をほめたたえます。
チームメンバーの皆様、とりなしてくださった皆様に心から感謝いたします!!
そして祈り、実際的な面でもご協力、ご尽力くださった、Aさんご夫妻に感謝いたします。
2025年8月22日金曜日
日本一時帰国での神様のご計画~母の救い
2025年3月、私が主人と日本一時帰国中に、母が腰に激痛を覚え、圧迫骨折していることがわかりました。弟夫婦に母を託して、アメリカに戻りましたが、2025年4月、私の母が圧迫骨折で入院し、その後、退院して2日で、再入院になってしまいました。
今度、退院する時には、日本に帰って助けてあげたいと願って、日本一時帰国のタイミングを祈っていました。
7月に入って、デボーションの箇所、使徒22章、「行きなさい。わたしはあなたを遠く、異邦人に遣わす」の箇所から語られ、日本に行くことが御心ではないかと思い始めました。
その翌日あたりに、弟の連絡から、母の退院がこの夏の白馬キャンプの日程の時であることを知り、神様の導きと確認しましたが、日が迫っていて、色々考えてしまい、躊躇してしまいましたが、いくつか励ましを受け、踏み出すことができました。
出発当日、空港に着くと、私の乗る飛行機が突然の大幅な遅延となっているのを知りました。サンフランシスコの乗継便に間に合わないため、便の変更のために、航空会社に電話で問い合わせなければならず、しかも電話がつながるのに1時間近く待たされ、可能性のあった2便を逃し、結局、ニューアーク空港で終日を過ごし、夜の便で、ロサンゼルス経由で、1日遅れで羽田空港へ着きました。今回は、本当に「遠くあなたを遣わす」と御言葉にあるように、遠かったです。
この間は、マーリン・キャロザース師著「Power in Praise(賛美の力)}を持参していたので、どんな状況でも、どのような感情があっても、神様に信頼して賛美し続けることができました。信仰の訓練がありました。
日本に到着すると、その日のうちに、入院中の母のお見舞いに、弟夫婦と訪れました。
母はとても痩せて、やつれてしまっていましたが、私がわざわざ来てくれたと、とても喜んでくれました。弟によれば、母が久しぶりにとってもよい顔をしていたそうです。
退院まで残り3日になり、母の好きなかぼちゃの煮物を4切れや、デパートで買った大きななプリンを買ってもっていき、量が多すぎるだろうと思ったら、残さずに、美味しいと言って平らげてくれたのも嬉しかったです。
退院の日は、私は白馬キャンプに参加でしたが、各長老のメッセージに聖霊の力を感じ、信仰の歩み、神の言葉がなる、ことがこれまで以上に心に響き、励まされました。
母が退院し、自宅に戻ってきました。弟夫婦が母の介護認定を受けて、デイケアサービス(週2回)、訪問リハビリ(週2回)、訪問看護(月1回)と準備万端にしてくれていて、それだけでなく、母をよく見てくれているのが分かり、感謝しました。
母は圧迫骨折の癒着がまだはっきりと確認できていないようで、椅子に座っていられる時間が30分程度で、痛みが出て、横になって休む必要がありました。
緊張の面持ちで出かけた、デイケアサービスの初日、帰ってくると、「やっぱり無理だ~」と厳しそうな顔をして戻りましたが、時間がたつと、デイサービスでのランチが、料亭の食事にようにおいしかったとか、楽しかったとか、感想を言うようになり、次回も行くつもりになっていました。本当によかったです。
母はピックアップ式の歩行器を利用して、自宅で歩いていますが、移動する際に何かを手に持っていたりすると、歩行器から手を離してしまったり、バランスを崩し、2回大きな転倒がありました。幸い、ケガも打撲もなく、痛みも出ませんでした。訪問リハビリの療法士さんたちに相談して、母の家の中での動線を検討していただき、日常必要な物の置き場所、手すりを新たに何か所かつける場所を決めて、実行しました。すると、母がとても移動しやすくなったと感謝していました。
私は母の3度の食事、洗濯、掃除、母のコルセットの調整、床ずれの外傷の薬の塗布の他、日常生活での補助を含め、膀胱炎に、右足の神経麻痺、腹痛を伴う下痢になりやすいため、母の体調管理をなし、弟夫婦と情報共有していました。他にも、母からの色々な頼まれ事で外出もあり、1日、バタバタしていました。
アメリカに戻る8月7日が近づいてきた時、母が転倒したり、具合が悪くなったりして、慌ただしく、とても福音を語るような状況ではなく、しかも、私の語る用意ができていませんでした。
同時に、母は8月20日頃まで私が日本にいると思っていたようで、あと4日で私がアメリカに戻ることを知ると、相当なショックを受けて、「もうちょっと長くいれないの、1日でも多くいれてほしい」と言ってきました。
祈ってみたら、もうしばらく残って、母を助けることが御心ではないかと思い始め、主人も後押ししてくれました。それから、飛行機のチケット変更ができるか、変更手数料はいくらか、と調べると、私が購入したチケットは、なんと無料で変更できるチケットでした。そんなチケットを買っているとは知りませんでした。
旧約聖書のデボーションの箇所から、ヨセフの「7年の豊作」から、1週間と思い、1週間滞在を延ばすことにしました。母に滞在延長を伝えると、満面の笑みで、両手をたたいて喜んでくれて、それだけでも延長を決めてよかったと思ったほどです。
長年、母の救いのために祈り続け、これまで少なくとも3-4回は、福音を伝えていて、その度、断られたり、わからない、と言われていました。この3月、日本一時帰国した時には、福音を伝えようとする主人に、あとで私に「宗教のことは言わないで」と主人に伝えるように口止めされたくらい、心が閉じていました。そんなことがあったので、迷いもあり、また断られるかな、という思いも走り、どう切り出し、どう語ったらよいか、どう罪について伝えたらよいか、神様の知恵をと切に祈っていましたが、与えられません。
滞在延長を決めた日の旧約のデボーション箇所から、エジプトに遣わされたのは、家族の救いのため、と語られ、神様はやはり福音を伝えることを導いておられると、語られました。今回の滞在では、たとえ結果がどうであれ、母に福音を伝えることを一つの使命と再確認しました。
また、面白いことがありました。日本では、私は母のお財布を預かって、日常の買い物をすること許されてましたが、1週間延長した、ある日、いつものスーパーに行き、清算する時、お財布に入れている、スーパーのポイントカードがひっかかって、お財布のチャックを開くことができず、格闘してました。カードが何かにひっかかっていたんですが、それがお守りだったんです。白い紙にお守りと書いてある、2センチくらいの小さなもので、中には、観音像がプリントされた切れ端が入ってました。どうしようと握っていたら、そのベニヤ板が割れてしまい、これは神様が露わにしてくださったのではと、処分しました。
この出来事を通しても、神様が福音を伝えることを導いておられるとまた再確認しました。
実家では、母のいない時、イエスの勝利の賛美を歌い、家族の救いを宣言して部屋の中を歩きました。
その中で、母が、私がアメリカに行く前に自分の部屋に飾っていた、「愛」と毛筆で書かれた色紙を、リビングルームに飾っていて、その前に家族の写真を2つ立てていたのを見て、「愛」が通じる!、愛のポイントで神を紹介することだと思いました。
その「愛」の文字は、本田弘慈先生(日本のかつての大伝道者の牧師先生)が書かれた毛筆でした。
そして、日本滞在の最終日の夜、母に、私が信じている神様について話させて、と切り出し、神の愛、罪、キリストの十字架と福音を伝えることができました。
驚いたことに、母は抵抗することもなく、耳を傾けてくれて、心がやわらかくされていることを感じました。信じるところまで導こうとは思っていませんでしたが、イエス様を信じない?と聞くと、うなずき、共に信じる祈りをすることができました。私は部屋に戻って、神様への感謝で、泣きました。
神様のみわざとしか言いようがありません。そして、神様の時であったことを思います。
ご計画をもって導き、助けてくださり、素晴らしいことをなしてくださった、主に心から感謝しています。
そして、多くの兄弟姉妹の励まし、とりなしのお祈りを受けて、信仰の歩みを、祈りを続けることができました。感謝いたします。
すべての栄光を主に帰します。
今後も、母の信仰のフォローアップのため、癒しのため、祈り続けたいと思います。
2025年7月28日月曜日
Youth Service での奉仕
東京アンテオケ教会のYouth Serviceで、証をさせていただきました。
その中で、今回の日本一時帰国を迷った時に、
たまたま見たインスタによって、励まされたことも語りました。
100万人のフォロワーのいる、アメリカ人の青年(22歳)が、
「心配すること、思い煩うことは、時間の無駄。
現在を感謝することは、状況を変える。
将来は、神に信頼する。神が私たちにもっている計画は、将来と希望のあるものだ」
というような内容のメッセージを語っているのを聞いて、
私は日本に行くのに何を心配してるのか、主が導いておられるのにと
目を覚ますことができ、踏み出せました。
この時、TLEAの群れに語られている、一人を通して100万人をキリストへ、
また、2,3世代の若い世代が信仰を継承し、用いられることと、
重なって語られ、確認となりました。
2,3世代の若い世代を用いて、また1世代と共になされる主の働きに期待します。
2025年7月19日土曜日
白馬 WORLD ゴスペル・フェス2025
2025年6月24日火曜日
アメリカがイラン核施設攻撃に踏み入った中で
イランが核兵器を作れるほどの段階に来ていると言われている中、
6月13日、イスラエルは、イランの核施設を空爆し、及び科学者や軍幹部を殺害しました。
トランプ大統領はイランが核開発の完全の放棄などの条件をあげて交渉を進めようとしていましたが、応じてこないため、米時間6月21日、イランの核施設の爆撃に踏み切りました。
その後、イランの報復ミサイル攻撃がイスラエルに向けて続いています。
中東にあるいくつかの国々に駐屯するアメリカ軍(約4万人の兵士)が攻撃される危険性が高まっています。
アメリカ本土では、6月23日現在、特定のテロ予告などを受けていませんが、警戒態勢が強められています。
また、バイデン政権下4年の間にアメリカに入国してきた、sleeping cells(眠っているセル)、すなわちテロリストたちが動き出すのではと懸念されています。
このような緊迫した状況の中、この御言葉が与えられ、勝利の主と、神様の御心にフォーカスさせられました。 勝利の主にあって、とりなしの祈りをしてゆきたいと思います。
- 「来て、主のみわざを見よ。主は地に荒廃をもたらされた。
- 主は地の果てまでも戦いをやめさせ、弓をへし折り、槍を断ち切り、
- 戦車を火で焼かれた。
- 『やめよ。わたしこそ神であることを知れ。
- わたしは国々の間であがめられ、地の上であがめられる。」
- 万軍の主はわれらとともにおられる。
- ヤコブの神はわれらのとりでである。』
- (詩篇46:7~11)
予告編 カトリック・プロテスタント JOINT GOSPEL WEB コンサート
2025年5月28日水曜日
The 21~2014年コプト教クリスチャン21名の殉教の短編映画
2014年、イスラム過激派ISISに捕まり、拷問を受け、最後まで主を否まなかった
21名のクリスチャンの、アニメ短編映画を見ました。
YouTubeの設定から、日本語の字幕を選ぶことができます。
2025年5月12日月曜日
TLEAスタート、第一回目のメッセージ(1984.4.1)
1984年4月1日、TLEAスタート、第一回目のメッセージが
公開されました。
主に祈り聞き従う土台が語られていて、とても恵みを受けました。
感動しました!
どうぞお聞きください。
2025年5月10日土曜日
こころゴスペルコンサート~Point of No Return
(ダイジェスト映像:クリックしてご視聴ください)
4月29日に東京、高円寺にて、こころゴスペルコンサート~Point of No Return が開催されました。
私たちもオンライン配信チケットを購入して、視聴しました。
毎回、毎回、素晴らしいコンサートとなっています。
日本の友人にもプレゼントしましたが、後日、感謝のコメントを頂きました。
賛美をとおして主がふれて、慰めてくださったことを覚えて、主をほめたたえました。
好評のため、5月31日まで視聴できる、見逃し配信チケットが販売されています!
こちらまで。
2025年4月14日月曜日
ジョイント賛美コンサートのため
一時帰国し、白馬キャンプに参加させていただき、
祝福されて、戻りました。
早速、ジョイント賛美コンサートをやりましょう、と誘ってくださった
他教会の牧師さんにお会いしに行ってきました。
チームが来る可能性をお話ししましたら、変わらず、賛美コンサートを
合同ですることに意欲をもってくださっていました。
礼拝場所にお借りしている、Trinity Presbyterian Church の担当者の方も
日曜日以外でも、月水金は、朝9時~夜10時まで空いているので、
チームが来るようなことがあれば、使わせていただくことを確認できました。
賛美隊の働きのため、
また、み心のアメリカチームが御心の時に、御心のメンバーで来られますように、
どうぞ共にお祈り下さい。
2025年4月5日土曜日
イスラエルチームの恵み
突然、遣わされるイスラエルチームのために用意するように、
預言を通して語られていましたが、主が示されて、
3月28日~4月5日の日程で、イスラエルチームが遣わされました。
戦時中でしたが、完全な守りと大きな祝福のチームでした。
オンライン配信で、チームの聖会をほとんどライブで視聴でき、
沢山の語りかけがあり、霊的な祝福の注ぎかけを感じさせられました
ぜひ下記のURLをクリックして、ご覧ください。
3月31日 エルサレムの聖会
https://www.youtube.com/live/1sCUIpJJaCk?si=9NcAxMxeO9JQ-lQf
3月31日 エルサレムの聖会(第7礼拝)
https://www.youtube.com/live/mdQLjx-yZPQ?si=P7UfF4xHtScJJpRX
4月1日 ガリラヤの聖会
https://www.youtube.com/live/NwRjKFKUeSo?si=_fOZJaddSsfKmpE_
4月2日 ハイファの聖会 (レオン牧師の教会にて)
https://www.youtube.com/live/iOeiKGCCjBA?si=Kx1dzXv8ZFO0ncqa
4月2日 ガリラヤの聖会
https://www.youtube.com/live/I2DGbAirDl8?si=KSe56q6aqWlleduE
4月3日 ガリラヤの聖会
https://www.youtube.com/live/UuH9BRtWnGw?si=qvVIPaEHHiw5DPCn
2025年3月8日土曜日
白馬スネルゴイキャンプの恵み
3月4日~6日の白馬スネルゴイキャンプが行われ、沢山の恵みがありました。
その中のひとつ、「主が共におられる」、このお言葉にアーメンと強められました。
「おびただしくなる」「この戦いは主の戦い」と
41年目の歩みに入って、年度のみことばが語られ、
インドチーム、ウガンダチーム、東ヨーロッパチームと遣わされる中、
主が共におられなければなされない、働きが進んでいるのをあらためて確認させられました。
また、ニューヨーク教会の証で、ジョイント賛美コンサートの話が出たことを語ったら、
何人もの方々から反響がありました。
皆さんの賛美隊の働きに期待する思いが強く伝わってきました。
コンサートすることを誘ってくださった、他教会の牧師さんは、いつまで
その教会におられるかわからないところもあり、
主の御心の形で、ニューヨークでの賛美隊の働きができるよう、
主にお委ねして、具体的に祈りを進めていきたいと思います。
どうぞ共にお祈り下さい!
2025年2月13日木曜日
エルサレムセンター Beth Israel へ
数年以上前に、行ったことがある
ニュージャージー州郊外にある、エルサレムセンターの集会に行ってきました。
残念ながら、集会の様子の撮影は禁止されていたので、載せられませんが、
入口では、男性が祈りのケープをつけ、ショーファーを吹いて、歓迎してくれました。
舞台の上で賛美リーダーたちと、踊る女性がふたり。
賛美の中に主の御臨在を強く感じました。
天の主の御座の前で、共に主を喜び、主を賛美しているような、
黙示録にある賛美は、こんな感じだったのかなと思わせるような大衆賛美でした。
メッセージは、エゼキエル書と黙示録の共通点からの、特に神殿と新しいエルサレムの解釈がとても興味深かったです。
聖書の内容が、視覚的に、パノラマのように展開して見えました。
(全部理解できたわけではありませんが…。(;^_^A
みことばが信仰を建てあげる、みことばが霊の糧と、確認させられました。
素晴らしい恵みを受け、祝福されました。感謝です!
御心のユダヤ人コミュニティーとの関りが開かれますように!
2025年2月6日木曜日
長崎殉教記念集会にオンラインで参加
2025年2月5日(水)日本26聖人記念集会(長崎殉教記念聖会)が、長崎の西坂の丘で、また夜の集会は、平和会館で行われました。
1597年2月5日の殉教日も水曜日だったそうです。
午前の1部と2部の集会は、雪、雹、風の中で行われ、
命を捧げて主に従う殉教の招きの祈りも導かれました。
大川先生が、伝道メッセージを語られ、TLEAの教会を祝福してくださいました。
東ヨーロッパチームで、26聖人との関りのあるフランシスコ会カトリック教会との合同集会が行われた直後でもあり、とても印象深い集会となりました。
主をほめたたえ、感謝いたします。
2025年1月20日月曜日
ヨーロッパチームのため
2025年1月20日~1月29日まで、ヨーロッパチームが遣わされます。
どうぞお祈り下さい。
【パウロ秋元牧師より】使徒団のポイント、26聖人のポイント、西ヨーロッパへの働きのポイントと重要なポイントが集まっている派遣です。徹底した聞き従いと御心を全うできるようにお祈り下さい。
派遣先:チェコ(合同聖会、プロテスタントとカトリックの合同賛美集会)→ ポーランド(聖会)→ スロバキア(使徒団カンファランス)→ チェコ(聖会)
詳細な祈りの課題はこちらまで。
TLEA41年目の本線の歩みに入った宣教チームです。
主に期待がふくらんでいます。お祈りします。













